2019.10.28 Jonas Dyhr Rask

Different Breed: ヨナス・ラスク x X-Pro3

Jonas Dyhr Rask

Jonas Dyhr Rask(1980年)はオルフス大学出身の一般開業医(G.P.)、M.D.であり、写真対して熱い情熱を持っている。 2008年に最初のキヤノンのDSLRで彼は写真家としてのキャリアを開始。それ以降さまざなフィルムカメラや富士フイルムのXシリーズを試した。父がウェディングフォトグラファーカメラマンだったためJonasはカメラに囲まれて育った。 彼の写真撮影の創造的刺激は人間とその環境との交錯から生まれる。医学の学位に直接起因して、彼のストリートフォトグラフィは人を浮き立たせ、焦点を合わせようとし、都市の景観を殺風景で世俗的なコントラストとして使う。この独特な撮影スタイルをウェディングの撮影や子供のポートレートをはじめとしたほかの仕事を請け負うときにも適用している。 自然光だけを用いて、かつ自然のままの撮影アプローチを用いて、彼はデンマークのストリートの生活の実態を干渉や介入なしにありのままを記録しようとしている。 多くの写真をハイコントラストなモノクロで撮影し、被写体や風景の余分な要素となる色を排除し、見る者に物語と情緒を届けようとしている。

美は伝播する

孤立を追求し、シンプルさを追求する。このテーマが過去数年間の、私の写真撮影の背後にある原動力となってきた。視覚的な乱雑さを減らしたいと考えている。フレーム内のストーリーに欠かせない、純粋なものだけが残るまで、私のイメージの中身をそぎ落としたいのだ。

このようなシンプルさへの絶えざる探求は私の写真撮影法を変容させ、はるかに厳格で写実的な方向へと導いた。ストリート・フォトグラフィーにおいては、周囲の状況を記録することに固執する必要はないというのが私の考えだ。私にとっては、これをはるかに超越したものになっている。むしろ、フォルムや機能、光、そして人間の存在を芸術的に表現することへと変化した。
私にとってのストリート・フォトグラフィーは、もはや単なる記録写真ではない。周囲の状況に対する私の解釈であり、私の芸術である。

フレームの中の中身を減らせば減らすほど、私の視覚芸術のパワーはより強くなると感じる。これには注意力が要求される。集中が要求される。見る者はイメージを観察し、自らのイマジネーションを自由に羽ばたかせる必要がある。フレームの中に明確な中身が存在しないという事実が、見る者の注意を惹きつけるに違いない。見る者は、自らのイマジネーションによってキャンバスを埋める。不在こそが、強力な存在なのである。

デンマークに拠点を置く私の周囲には、このように厳格で、ミニマリズム的かつ写実的なビジョンが存在する。国としてのデンマークは、驚くべき建築文化遺産を有している。オーフスやコペンハーゲンといった都市を歩き回れば、デンマークの人々の日常生活の背景となっているこれら偉大な芸術作品を、新たな観点や表現によって発見・撮影したいというインスピレーションが、絶えず私の中で湧き上がる。
生物的な人間の存在と、都市というむき出しで無機質な建築を融合させる作業は、私にとってとても興味深い。そしてこのような境界線の中で起きる出来事を観察し記録することも、私の興味をそそる。

それでは、私の写真は建築的だろうか? ストリート・フォトグラフィーだろうか? 美術だろうか? 私には分らないし、正直なところどうでもいい。

写真が写真であることが写真である―それこそが重要だ。

コンセプトとしての、そして道具としてのX-Pro3は、自らの実存に対してミニマリズム的なアプローチを取っているという意味において、私の撮影理念との間で共通点がある。純然たるフォトグラフィーに到達している。X-Pro3は、余分な機能が一切ないツールであり、非常に特化した目的のために使用するアクセサリーが存在するのみだ。
X-Pro3はあなたの注意力を、あなたの集中力を要求する。

X-Pro3は、非常にはっきりとした機能的・視覚的な美意識を念頭に設計されている。この美しさはとても考え抜かれているため、このカメラを手にした瞬間に、外に飛び出して芸術を創造したいという強力な衝動に駆られてしまう。
X-Pro3は、富士フイルムのこれまでのデジタルカメラよりもさらに、自らのレガシーに忠実であろうとしている。X-Pro3はフィルムカメラになろうとしているわけではない。クラシカルな外観を持つ、最新のデジタルカメラなのである。フィルムシミュレーションやカメラでの編集ツールがさらに重視されている。このことは、後処理の必要性を最小限まで単純化したいという、富士フイルムからの非常に明確なメッセージである。

本質的に、この機能性と美しさは伝播する。