X-Pro3に限らず、かつての名カメラにインスピレーションを得ることは多い。背面を覆うサブLCDを見たときに、懐かしい気持ちを持ったカメラファンは少なくないと思う。
実際、ある商品企画者の卓上にはF3とFM3Aが置いてある。資料棚にはGF670やGA645が見つかる。たまに無くなる。おそらく他の商品企画者が使っている。しょうがない。
もちろんFUJIFILMの商品企画者がデジタルカメラを研究しないわけがない。毎月、自社他社問わず多くのカメラが調達され、同じように弄り倒される。新搭載された機能、飛躍的に向上したスペック、などなどが確認される。各社、現在の技術の粋を極めたものが投入される。今考えられるうえでの最適解であるはずだ。
それでは、過去の一時点のものであるフィルムカメラを見直す意味はなんだろうか?何を確かめようとしてるのか?しかも現役のデジタルカメラの企画者が。
それは普遍なものを見出そうとしているからだ。いかな高機能化が進もうと、いかな技術進歩があろうとも、変わらないものを確認する作業をしているからだ。決してノスタルジーなどのためではない。
それはカメラ・写真撮影の本質的なものとも言える。
逆に現在のデジタルカメラになれると、技術的な進化に目を奪われてしまう。普段、自分がどう撮影しているのか。カメラがどんな挙動をしてくれたら嬉しいのか。そもそもなぜカメラにときめきを感じていたのか、そういったものを確認するのに、シンプルなクラシックカメラは非常によい題材なのだ。
さて、ここまできてやっとサブLCDの話に戻る。
もともとの発想は、撮影者はカメラからどんなインフォーメションがあれば安心して撮影できるのか?を見直すことだった。
Xシリーズは基本的には電源を入れずとも、上からみるだけで撮影条件が確認できる。絞り環・SSダイヤル・ISOダイヤル・露出補正ダイヤル。これだけあれば、あとはファインダーを覗いてフレーミングするだけだ。
しかし、まだ足りない情報がある。残弾数である。冒頭でF3やFM3の話が出たが、実は最初にインスピレーションを得たのはTX-1だった。軍艦部に載せられた2つのダイヤルの間にあるFILM残数表示。これは今見ても非常に魅力的だ。
実際にX-Pro3の初期検討段階ではこのアイデアの実現性を検討されている。しかし、TX-1とX-Pro3とでは根本的にボディサイズが異なる。特にワイド方向の差は決定的で、X-Pro3の軍艦部・右端に収まる液晶パネルは残念ながら見つからなかったのだ。液晶パネルなどエレキ部品を担当する開発者Tが、申し訳なさそうに言う。外装設計担当も、さすがに無理です、何かダイヤルを外していいのなら実現できますが、と補足する。その日のミーティングは、非常に暗い雰囲気で散会した。
しかし、翌週奇跡が起こる。開発者Tが新たなデバイスを持ち込んだからだ。それは正方形のカラー表示ができるメモリ液晶。見た瞬間に商品企画担当の頭に、あるビジョンが浮かぶ。GUIデザイナーがその場に居たことも幸いだった。翌日にはそのデバイスは、テスト用の基盤につながれ128×128ドットで描かれたフィルムのパッケージを表示をしていた。
そうフィルムの残弾数だけでは不足だったのだ。どんなフィルムが入っているかという情報が、撮影者にどんな高揚感を与えていたのか。高価なリバーサルフィルムを入れているときは、それだけでときめく。となりの人にチラリと見せたくもなる。ネガが入っているときは、比較的イージーだ。露出の厳密さよりも、シャッタータイミングを重視する気になれる。
風景写真を撮りに行くなら、Velviaのパッケージを切り取って差し込むと、準備が完了した気持ちになる。
カメラの性能を評価するスペックはいろいろある。どう撮れるのか。
しかし、撮る前の気持ちをアゲてくれるものは貴重だと思う。